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草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

「雇用収縮の時代」を生きる。

 僕たちは「雇用収縮の時代」を生きています。いま先進国が共通して抱えている問題は「国内雇用の不足」です。たとえ景気が回復しても、なかなか雇用が回復しない。失業率が高止まりを続け、とくに若年世代がそのネガティブな影響を強く受けることになります。

 以前の記事で、野口悠紀雄さんの「21世紀型グローバリゼーション」論を紹介しながら、その理由を説明しました。グローバル化が進むことによって先進国の雇用が中国などの新興国へ流出し、インターネットを中心にしたIT技術が進化することによって従来の2分の1、3分の1の人数で同じ仕事がまかなえるようになる。さらに長引く景気停滞のなかで、企業はできる限り人件費を抑えようとするので、賃金の下方圧力がかかるとともに、これまで正社員がおこなっていた仕事も次々と非正社員の業務へ置き換えられていくことになります。

 このような状況のなかで国内雇用のパイが縮小していき、その限られたパイを働き手が争って奪い合う事態が生じています。従来であれば難なく大企業に就職することができた高学歴層の若者が、就職活動に苦戦しているといった話はよく見聞きするようになりました。弁護士や会計士、医師などその資格を持っていれば将来安泰、と考えられていた職業であっても、資格試験に合格したのに良い就職先を見つけられなかったり、業界内で勝ち組と負け組がはっきり分かれていたりします。現在経営危機に陥っている東電やJAL、シャープなどは、10年前であればいずれも超優良企業とされていました。これから10年後にはどのような企業・業界・職業がリストラ・雇用不足の対象になっていてもおかしくないでしょう。(ちなみに僕が属している人文系の研究者職(主に大学の先生)も就職難・雇用不足が大きな問題となっています。) 

  このような競争の結果として、なんとか雇用のパイにありつけた人には過剰な負担の仕事量(「労働の過剰」)が課せられ、雇用のパイにありつけなかった人には「労働の過小」が与えられるというギャップが生じることになります。「物質的にはこれほど豊かであるはずの日本社会で、われわれはどうして未だにこんなにも働いているのか?」という問いを以前の記事で書きましたが、その答えはここにあります。雇用のパイが縮小しているにもかかわらず、働き方の仕組みや人びとの価値観がなかなか変化しないために、限られたパイを国民全体で奪い合うような事態が生じており、その結果として幸運にもそのパイにありついた人は仕事を失わないように必死で働かねばならない。これが現在の労働市場で生じている現象です。

 われわれはこのような「雇用収縮の時代」をいかにして乗り越えていけばいいのか?最もよくある回答は、雇用のパイを再び拡大させるべきだというものです。デフレ対策、公共事業、規制緩和などの対策をとることにより、日本の経済を再び成長させ、雇用のパイを増やすべし。ほとんどの経済学者が示す答えはこれでしょう。確かに経済を再び成長させ、雇用のパイを拡大することができるのであれば、現在の雇用不足問題を解決することができるでしょう。

 しかし実際にはそのような解決策は難しいのではないかというのが僕の考えです。そもそも日本経済はこの20年間で平均1%程度しか成長していません。度重なる経済政策の失敗、リーマンショックや東日本大震災の影響など、さまざまな要因はありますが、この20年間ほとんど成長してこなかった日本経済が、今後勢いを取り戻して安定的に3~4%の成長を実現できるかというと、僕は怪しいと思います。たとえ経済学の理屈上でリフレ政策や規制緩和や公共事業を行うことによって経済成長が可能だ、という結論が導かれたとしても、そのような経済政策を実行できる政治的条件が整っているかどうか、というところまで考えなくてはなりません。

 インフレターゲット政策や大幅な規制緩和政策、大型の公共投資などを議会の承認を経て実現・実行できる政権が出てくるかどうか?理論上は経済成長が可能であっても、それを実現できるだけの政治的条件が整わないのであれば、それは結局経済成長が不可能だということです。この20年間ほどの政治状況を見るにつけ、そのような大胆な政策決定を実現することは難しいのではないか、というのが僕の考えです。(もちろんそれ以前に、経済学が導き出す処方箋が現実経済に適合しているのかどうか、という問題もありますが)

 リフレ政策、規制緩和策、公共事業、産業構造の高度化など、それぞれの経済政策の是非についてはまた別の機会に論じてみたいと思います。ひとまずこの問題についての僕の基本的なスタンスは、そもそも今後の日本経済において安定的な経済成長を取り戻すことは難しいだろう、それゆえ雇用のパイも再び拡大するとは考えにくいだろう、というものです。むしろ経済成長の如何にかかわらず、今後もグローバル化やIT化の影響を受けて国内雇用のパイは縮小し続けていくでしょう。

 そこで僕たちが考えるべきは、この限られた雇用のパイをいかにシェアしていくのか、ということです。弱肉強食の奪い合いをするのではなく、相互扶助的な仕組みによって雇用のパイを分けあいながら、できる限りこの豊かさを保ち続けていくような方途を考えていく必要があります。また同時に、雇用のパイが縮小したことを社会的に埋め合わせるための方途も考えていく必要があるでしょう。それが以前の記事でも書いた「非-資本主義的経済圏の創出・再興」ということです。これも以前に書いたことですが、僕は資本主義を廃止しようなどというラディカルな提案をしているわけではなくて、資本主義経済と非-資本主義経済をうまく組み合わせていく(両立させていく)経済-社会を構想しよう、というモデレートな提案をしているだけなのです。

 非-資本主義的な経済圏を作るとは具体的にどういうことを指しているのか、という点については今後のブログで少しずつ書いていければと思っています。