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草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

「囲い込み運動」と「本源的蓄積」 -マルクス『資本論』から資本主義の本質を考える。part 5

 前回の記事では、資本主義の発動条件として「生産者と生産手段との歴史的分離過程」、すなわち「資本の本源的蓄積」が必要とされたことを書きました。この歴史的分離過程は、典型的には16世紀からイギリスで行われた「囲い込み運動」のうちに確認することができます。少々詳しく歴史的な背景も含めて、これを説明してみましょう。

 前回の記事でも書いたように、歴史上の区分で「近世」に位置づけられる16世紀は、ヨーロッパの各都市で商工業が発展を遂げ、資本主義や主権国家という現代に至るまで続く政治・経済体制が形作られ始めた時代です。その背景には、コロンブスのアメリカ大陸発見に端を発する大航海時代の展開、14世紀から15世紀にかけての北イタリア諸都市における商業発展およびルネサンスの展開、などの歴史があるのですが、ここでは割愛します。(興味ある方は世界史の教科書などを読み返してみてください。)

 16世紀には、ヨーロッパの商業の中心地が北イタリアからオランダ(ネーデルラント)へ徐々に移行していきます。当時は、大航海ルートを経て新大陸から入ってくる物珍しい物品(砂糖、煙草、コーヒーなど)や、シルクロードを経て東洋・中東から入ってくる奢侈品(絹、陶磁器、香辛料など)が、人びとの生活や文化を大きく変化させつつありました。その状況のなかで起こったブームのひとつが、毛織物ブームです。

 保温性に優れ、見栄えも良い毛織物製品は当時の富裕層の間でまたたく間に流行するようになりました。その影響を受けて、16世紀前半のイギリスではオランダ向けの毛織物輸出が急激に増加します。当時のイギリスはまだ「新興国」の位置づけにあり、経済先進国であるオランダを追いかける状態で、国内で毛織物製品を製造してオランダへ輸出する立場にあったということです。毛織物産業の発展とともに羊毛価格も上昇し、イギリスでは牧羊業が大規模に展開されるようになります。その結果、トマス・モアが「羊が人間を食う」と表現した囲い込み(エンクロージャー)運動が開始されました。

 中世以来の農村では、農民の保有地は細分されるばかりか相互に入り組んでおり(混在地制)、しかも相互の境界も明確ではありませんでした(開放耕地)。そこで、耕地を統合し、垣根などをめぐらせて個人の持分を明確化させようとしたのが囲い込み(エンクロージャー)でした。この運動は同時に、薪を採ったり家畜を放牧したりできた共有地(入会地)を廃止させたために、貧しい農民たちは生活の基礎を失い、賃金で雇われる以外に生きるすべをなくしてしまった者が続出します。

 囲い込み運動の結果として、放牧などに使う共有地を失い、これまでにどおりの生活を続けられなくなった農民たちは、まさに「生産手段を持たない労働者」=プロレタリアとして、職を求めて都市へ流入しました。「資本主義的生産様式の基礎」がつくりだされた15世紀末期から16世紀初期にかけて、「人間の大群が突然暴力的にその生活維持手段から引き離されて無保護なプロレタリアとして労働市場に投げ出され」た、とマルクスは書いています。

 その結果として、都市と農村には「土地という生産手段を奪われた生産者たち」が職を求めて流入し、そのために「彼らは群をなして乞食になり、盗賊になり、浮浪人になった」。実際に16世紀初頭の都市には浮浪者・失業者・乞食が大量に発生し、大きな社会問題になります。ここに都市の貧民・浮浪者対策や失業者対策が大きな政治課題として浮上してくることになります。

  ここでのポイントは、①毛織物という奢侈品のブームによって引き起こされるかたちで資本主義の本源的蓄積が開始されたこと、②そのブームの需要に対応するかたちで牧羊業が拡大され、長年営まれてきた農民の暮らしを破壊されるに至ったこと、③伝統的な共有地に強制的な線引きがなされ、その土地から引き離された農民たちが都市へ流入し、都市の貧民問題を深刻化させたこと、④その貧民問題に対応するかたちで、失業者対策・社会保障対策などの政治課題が浮上してくること、です。ここには、時代・社会状況は大きく違えど、現代の資本主義にまで通ずる問題の本質がすでにはっきりと現れています。そのことを意味を次回に改めて考えてみたいと思います。