「生産的消費者」とは誰か?-アルビン・トフラー『富の未来』より
もし仮に「脱成長社会」が実現したとすれば、そのとき「労働」はどのようなかたちを取ることになるのでしょうか?今回はこの問題を考えてみます。この問いに答えるためのひとつのヒントは、アルビン・トフラーが提唱した「生産的消費者prosumer(プロシューマー)」というアイデアです。
トフラーは未来学者として文明論的な視点から大きな時代の変化を分析し、『第三の波』『パワーシフト』などの著作で情報化社会のゆくえについて様々な予言・提言を行った人物として知られています。そのトフラーが『富の未来』のなかで提唱した概念が「生産的消費者」です。「生産的消費者」とはなにか。
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パワーシフト―21世紀へと変容する知識と富と暴力〈上〉 (中公文庫)
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それは「生産者producer」と「消費者consumer」を組み合わせた造語であり、生産的な消費を行う人々のことを指します。生産的な消費とはどのようなものか。例えば、近年のアメリカでは、日曜大工で家具や家をつくることが流行しており、”DIY”(Do It Yourself)という言葉もよく聞かれるようになりました。このように販売や交換のためではなく、自分で使うもしくは満足を得るためにモノやサービスを作りだす人のことを、トフラーは「生産的消費者」と呼んでいるのです。
前回までの記事で、フリーやシェアの流行が脱所有・脱消費・脱貨幣をもたらすと書きましたが、トフラーもまた来るべき社会では「非貨幣経済」が重要な役割を担うようになる、と述べています。なかでも、消費者であるわたしたちひとりひとりが無償の労働を行い、自ら富を生み出すケースが拡大しています。今後、こうした生産的消費者が爆発的に増大し、社会で大きな役割をになう「英雄」になっていく、とまでトフラーは書いています。
- 作者: A.トフラー,H.トフラー,山岡洋一
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アルビン・トフラー―「生産消費者」の時代 (NHK未来への提言)
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現在では、生産的消費者という考え方はインターネットなどのテクノロジーと結びつくことで、より大きな影響力を持ち始めています。例えば、オープンソースの試みとして有名になったリナックスの開発では、無償公開されたOSプログラムに対して、世界中のプログラマーが無償でその開発に取り組みました。その結果、マイクロソフトのウィンドウズに匹敵するOSが実現されたのです。
また、インターネット上で作成・公開されている百科事典ウィキペディアも、生産消費の代表的な例です。ウィキペディアは、誰でも新しく記事を立ちあげたり、記事を編集したりできる参加型の百科事典であり、多くの人々が情報を書き加え、更新していくことで、最新の情報が反映された内容になっています。ウィキペディアの出現によって権威ある百科事典ブリタニカが発行の歴史に幕を閉じたことは有名ですが、これらは「生産的消費」の一例であるとともに「フリー」や「シェア」の一例でもあると言えるでしょう。
ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ
- 作者: ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ,井口耕二
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リナックスやウィキペディアなどは、無償の奉仕活動によって生産されたモノやサービスが経済的に価値のある製品となり、既存の巨大企業を脅かす存在になった例だと言えます。いわば「非貨幣経済」が「貨幣経済」を凌駕する領域が生まれつつあるということです。これを「非資本主義経済」が「資本主義経済」を凌駕する領域が生まれてきていると言い換えてもいいかもしれません。もちろん貨幣経済/資本主義経済は簡単に消えることはありません。しかし、貨幣経済/資本主義経済とは異なる原理をもつ領域が出現しつつあること自体はよく認識しておいた方が良いように思います。
また近年の日本でいえば、ニコニコ動画などに自作の曲をアップしたり、「踊ってみた」などの動画をアップしたりすることなども「生産的消費」のうちに含まれるでしょう。多くの場合、それらは金銭的な見返りを求めない無償の行為です。ただし、金銭的な見返りのかわりに彼らが得ているのは、ネット視聴者からの「承認」やさまざまなリアクション、あるいはそれを介して形成される「コミュニティ」や「つながり」だと考えられます。
ブログを書いたり、twitterやfacebookで役に立つ情報を広めたりする行為も、広い意味でそのような「生産的消費」の範疇に含めてもよいでしょう。「一億総表現社会」を提唱した『ウェブ進化論』における梅田望夫さんの主張が思い出されます。梅田さんは「ムーアの法則」に沿ってIT製品が3~4割ずつくらい安くなっていくことで「チープ革命」が実現され、「あらゆるものがタダ同然」になることで、誰もが表現者(情報の発信者)になれる「総表現社会」が実現されると言っていたのでした。
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ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
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今となっては梅田望夫さんの議論はあまりに楽観的にすぎたように見えますし、もはや古びてしまった感がありますが、『ウェブ進化論』が出版された当時はネット上で熱狂的な支持を集め、多くの人が「これから世界が変わる」と本気で思ったものです。
参考記事:「ウェブ進化論」著者、梅田望夫さん(45)に聞く(上) チープ革命が総表現社会を実現する
ともあれ、梅田さんが想像したほど理想的な「総表現社会」がやってきていないにしても、インターネットの普及やデジタル機器が手軽に手に入れやすくなった結果として、多くのネットユーザーが「プチ表現者」「プチアーティスト」として活躍するようになったことも確かです。ネット上に自作の曲をアップして人気になり、今ではももいろクローバーZのプロデューサーを務めているヒャダインさん(前山田健一さん)などはその良い例でしょう。他にも初音ミクをはじめとするボーカロイドの流行など、ネットユーザーの間から生まれ、今では大きなビジネスを形成するようにもなったサービスやキャラクターなども存在します。
さらにいえば、最近のアイドルブーム(AKB、ももクロ、韓流、ジャニーズetc)では、ファンがアイドルを一方的に受容するのではなく、ファンがアイドルを支え、「一緒に盛り上げていく」という要素が強くなっています。この傾向はアイドル業界だけでなく、他のジャンルでも生じており、「アーティスト」と「ファン」、「プロフェッショナル」と「アマチュア」などの距離が近づき、両者の境界線が曖昧になっている傾向があるように思えます。この傾向もまた、ファンやアマチュアが「生産的消費者」化していると捉えることによって、うまく理解できるのではないでしょうか。
このような「生産的消費者」の活動が、これからの「非貨幣経済」「非資本主義的領域」における新しい「労働」や「生産」のかたちを担っていく、ひとつの重要なファクターになるように思います。その活動は決して貨幣経済/資本主義的領域と断絶しているわけではなく、むしろ地続きで相互に影響を与えあっています。しかし、非貨幣経済における生産消費的行動が既存の資本主義経済のあり方を変化させていくことは間違いないでしょう。おそらくは、非貨幣経済における生産消費的行動が貨幣経済における生産―消費行動に取って代わっていくような事態が生じるのではないかと想像されます。まずは情報・知識サービスの分野でそれが起こっています。
ポイントは先にも書いたように、生産的消費行動が金銭的な見返りを求めないかわりに、「他者からの承認」や「他者とのつながり」、「コミュニティの形成」などの価値を得ることにつながっているということ。これらの非貨幣的な価値こそが生産的消費者を動かす原理になっているように思われるのです。この点についてはより詳しい分析が必要ですが、ひとまず大きな見取り図で言っておくと以上のような「脱貨幣」と「生産的消費化」の傾向が、これからの「労働」や「生産」には生じてくると予想することができます。