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草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

資本主義と国家 -マルクス『資本論』から資本主義の本質を考える。part 4

 前回、労働力という商品は元から市場に存在してるものではなく、歴史的過程のなかで人為的・暴力的に生みだされてきたものである、と書きました。労働者が賃金と引きかえに労働力を提供するという交換の形式が普遍化している事態は歴史的に特殊で珍しいものなのです。では「労働力商品」はどのようにして市場の中に生みだされてきたのか。マルクスがそれを説いているのが『資本論』第一巻第二十四章「いわゆる本源的蓄積」です。

 

資本論 3 (岩波文庫 白 125-3)

資本論 3 (岩波文庫 白 125-3)

 

 この章の冒頭でマルクスはこう書いています。

「ところで、資本の蓄積は剰余価値を前提し、剰余価値は資本主義的生産を前提するが、資本主義的生産または商品生産者たちの手の中にかなり大量の資本と労働力とがあることを前提する。だから、この前運動は一つの悪循環をなして回転するように見えるのであり、われわれがこの悪循環から逃げ出すためには、ただ、資本主義的蓄積に先行する「本源的」蓄積(アダム・スミスのいう「先行的蓄積」)、すなわち資本主義的生産様式の結果ではなく、その出発点である蓄積を想定するよりほかないのである。」

 

 資本主義的蓄積が開始されるためには、原初に資本主義の論理とは異なる「本源的蓄積」が必要とされる。ではその蓄積はどのようにしてなされるのか。一言でいえば、それは「国家」の論理によってなされるのです。

 前回の記事で書いたように、労働力商品が成立するためには「二重の意味で自由な労働者」が必要とされます。繰り返しておけば、「二重の意味で自由」とは労働者が市場で労働力を自由に売ることができると同時に、労働力以外の生産手段を持たない状態にあることを意味します。つまり、「資本関係は、労働者と労働実現条件の所有との分離を前提とする」です。

 労働者を土地や機械(道具)などの生産手段から切り離し、 自分の労働力以外に何も持たない存在とすること。同時に、労働者を「同職組合の支配」や「徒弟・職人規則やじゃまになる労働規定」からも解放すること。これらのことは資本外の論理によって、人為的・暴力的になされる必要がある。言いかえれば、資本主義の成立は資本主義の「外部」による力を必要とするということです。

 

「こうして、生産者たちを賃金労働者に転化させる歴史的運動は、一面では農奴的隷属や同職組合強制からの生産者の解放として現れる。…しかし、他面では、この新たに解放された人びとは、彼らからすべての生産手段が奪い取られ、古い封建的な諸制度によって与えられていた彼らの生存の保証がことごとく奪い取られてしまってから、はじめて自分自身の売り手になる。そして、このような彼らの収奪の歴史は、血に染まり火と燃える文字で人類の年代記に書きこまれているのである。」

 

 資本主義が歴史的に始まった時期については諸説ありますが、マルクスによればそれは16世紀頃から開始されたものです。いわゆる「中世」の時期が終わり、近代の前段階である「近世」の時期が始まる頃ですね。これも教科書的にいえば、中世の封建体制が終わりを告げ、徐々に近世の商業都市が本格的な発展を始める時代です。15世紀末にコロンブスによってアメリカ大陸が発見され、いわゆる大航海時代が幕を開けたのもこの時期です。世界システム論者として有名なエマニュエル・ウォーラステインがこの時代を「長い16世紀」と呼び、やはり資本主義の勃興期として位置づけています。

 

 封建領主によって一定の領土内に囲われていた農奴をその土地と領主支配から解放し、また都市に住む職人たちも同業者組合から引き剥がし、自身の労働力以外に売るべきものを持たない「自由な労働者」として仕立てあげること。繰り返し述べれば、これが国家の力によって政略的に・暴力的になされたのでした。その背景には、16世紀後半から17世紀にかけてイングランド、スペイン、フランスなどの西欧諸国でいわゆる絶対王政が成立し、さらには16世紀末から始まる宗教改革および宗教戦争を経て、1648年のウェストファリア条約をもって「主権国家」体制が成立したことがあります。

 つまり、資本主義は主権国家とタッグを組むことによって初めてその蓄積と増殖運動を開始するということです。マルクス自身は『資本論』の議論のほとんどを経済領域に限定しているために、資本主義の外部である国家については多くを述べていませんが、この「本源的蓄積」章の記述はマルクスが資本主義と国家の関係性について鋭い考察をなしていたことをよく表していると言えます。