草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

「自己雇用」(self-employment)という働き方

 『絶望の国の幸福な若者たち』で一躍有名になった社会学者の古市憲寿さんの最新刊『僕たちの前途』は「起業」がテーマです。「起業」というと一般的には、ITベンチャーで一発当てて大成功、みたいなイメージが強いかもしれません(スティーブ・ジョブズビル・ゲイツ、マイク・ザッカーバーグ、あるいはホリエモンのような)。でもこの本で扱われている「起業」は、そういうITベンチャー的な「起業」のイメージとは随分違っています。古市さん自身が経営者の一員である株式会社ゼント、東京ガールズコレクションを主催するTGC、俳優でありながら自ら会社を立ち上げ映画を撮ったり映像製作を請け負うなどの活動も行っている小橋賢児など、少し変わったタイプの「起業家」たちが紹介されています。

 

 

僕たちの前途

僕たちの前途

 

 例えば、古市さん自身が経営者の一員である株式会社ゼントは、友人三人のみで構成される会社で、「上場はしない、社員は三人から増やさない、社員全員が同じマンションの別の部屋に住む、お互いがそれぞれの家の鍵を持ち合っている、誰かが死んだ時点で会社は解散する」というルールのもとに経営がされているそうです。社長の松島隆太氏は、「会社」よりも「ファミリー」という表現を好むそう。

 ホリエモン藤田晋のようにヒルズ族と呼ばれる華やかなIT起業家とは異なり、松島氏が選んだのは「友だちとわいわい楽しんで生きること」だった。「従業員を増やして会社を大きくすることには興味がないし、上場を目指そうともしないし、世間から注目を浴びたいとも思わない」。クライアントも自分たちが納得できる相手しか選ばない。そういった新しい「起業」や「働き方」を実践しているのがゼントという会社、だそうです。

 このようなゼントのスタンスは、経済成長を第一優先にしない「起業」や「働き方」のあり方を志向していると言えないでしょうか。もちろんゼントに属するメンバーは経済成長を否定したり、利益を重視しないなどと考えているわけではないでしょう。ゼントは順調に利益をあげているようあるし、古市さんも「お金に縛られないためにお金は必要」という松島社長の言葉を紹介しています。

 

 また前回記事の最後でも紹介しましたが、2013年2月7日にNHKクローズアップ現代のなかで放送された「働くみんなが“経営者”  ~雇用難の社会を変えられるか~」という特集では、「自分たちで出資して、自分たちで仕事を見つけて経営していく」「協同労働」のあり方が取材されていました。これはまさに前回の記事で述べた、マルクスの協同組合の理想に近い働き方であると言えます。

 もう一度述べておくと、マルクスが理想とした協同組合とは、経営者と労働者の区別が取り払われ、その構成員全員がその組合の経営方針や働き方などについての平等な発言権をもつ組織のあり方でした。このような「協同労働」では、構成員全員が組織の経営・運営に関わるために、個々人が無理矢理に働かされるのではなく、自主的に働く意義を見出しやすい、という利点があるようです。マイナス面としては、組織の経営・運営に関わる事柄をすべて自分たちで決めなければならない、方針に関して意見が割れた際にそれを調整していく必要がある、などが挙げられるでしょう。

 

 これも前回記事の最後で触れたように、このような協同組合(的働き方)はワーカーズ・コレクティブという名前で呼ばれることもあります。こちらのサイトによれば、「ワーカーズ・コレクティブとは、雇う-雇われるという関係ではなく、働く者同士が共同で出資して、それぞれが事業主として対等に働く労働者協同組合」のことです。ここでもポイントになっているのは「雇われない働き方」ということ。一般に社会に出て働くというと、企業に雇用されてサラリーマンとして働くことばかりをイメージしがちですが、「働く」かたちは本来必ずしも「雇用」に縛られないはず。自らで自らを雇う――英語でいうとself-employment(自己雇用)――というかたちがあっても良いのではないか。self-employmentというとなんだかカッコいいですが、もっと平凡な日本語でいえば「自営業」ということですね。

 

 ヨーロッパでは1970-80年代にかけてSelf-employment Renaissance(自営業ルネッサンス)と呼ばれるものが起こり、自営業〔自己雇用〕が新たな働き口を生み出したとされています。自営業ルネッサンスについての研究記事を読むと、自営業で働く人のほうが企業に雇用されて働く人よりも働くことへの満足度は高いとのこと。しかし古市さんも『僕たちの前途』のなかで指摘しているように、欧米諸国の動きと対照的に日本では起業の割合はここ数十年でも高まっていないどころか、むしろ減少傾向にあるそうです。

〔参考〕 

The renaissance of self-employment(pdf)

The Return of Self-Employment: A Cross-National Study of Self-Employment and Social Inequality(pdf)

THE PARTIAL RENAISSANCE OF SELF-EMPLOYMENT (pdf)

 

 また、R25で記事になっていた「脱・株式会社?「合同会社」急増中」を読むと、2006年の会社法改正によって設けられた新しい会社形態として、出資者が社員として経営に関与する「合同会社が急増しているとのこと。記事内のインタビューによれば、

合同会社は株式会社よりも組織運営に関する自由度が高く、柔軟な経営ができるメリットがあります。例えば、出資比率に応じて会社の利益が配当される株式会社に対し、合同会社は出資比率に関係なく能力に応じて利益の配分を調節できます。また、株主総会などの“監視機関”の設置義務がないため、スムーズな意思決定が可能です」

「社員(出資者)同士で何でも自由に決められるのですが、重要事項については過半数の同意が原則。そのため、意見が対立すると収拾がつかなくなるおそれも。また、利益配分のルールもきちんと定めておかないと、後々モメることが考えられます。そのため合同会社を設立する際には、パートナー選びが非常に重要となるでしょう」

とのことで、メリット・デメリットはあるものの、ここでも「雇う-雇われる」の関係でなく「自分たちで自分たちを雇う」働き方が少しずつ増える傾向にあるようです。

 

 ここで挙げた例はどれも僕がたまたま目にした本やネット記事を簡単にまとめたもので、その実態がどこまで「新しい働き方=協同組合的働き方」の可能性を示すものなのか、より詳しい調査が必要です。個人的にも最近忙しくてあまりこのブログを書く余裕もないのですが、暇を見つけて少しずつこれら「自己雇用」についての文献を読んでいければと思っています。このブログを読まれた方で「自己雇用」(雇われない働き方)に関して何か有益な情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、教えていただけると幸いです。

 

 2007年の総務省統計局「就業構造基本調査」によれば、日本では就業者6598万人のうち、雇用者(企業等に雇われて働いている人)の割合が約87%(5727万人)で、自営業者と家族従事者(自営業の家族を手伝っている人)の割合があわせて13%(856万人)で、圧倒的多数の人が「雇用者」として働き、「自営業者」の割合はどんどん減っています。しかし、『国勢調査』によれば1950年の段階では、自営業者と家族従事者をあわせた割合は就業者の60.5%(!)を占めていたらしい*1

 

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 なぜこれほどまでに自営業(雇われない働き方)の割合が減ってしまったのか。協同組合やワーカーズ・コレクティブ、あるいは「ガツガツしない家族的起業」や合同会社、はたまた社会的起業やノマドなどの、近年の「新しい働き方」に注目しながら、資本主義的な雇用-被雇用関係を超えた「自己雇用」(self-employment)の可能性を今後も探っていきたいと考えています。なんだかまとまりのない記事になってしまいましたが、今回はこのあたりで。

 

 

*1:古市憲寿『僕たちの前途』第6章「日本人はこうやって働いてきた」参照