読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

内政としての「ポリス」とは何か? -アダム・スミス『法学講義』とフーコー『安全・領土・人口』より

 アダム・スミスは『法学講義』のなかで、ポリスpolis(内政・生活行政)の役割について論じている。スミスによれば、ポリスはもともとギリシア語の「ポリテイア」から出たものであり、それが本来意味していたのは「国内統治の政策(the policey of civil government)」であったが、「いまではそれは統治の下級諸部分、すなわち清潔(cleanliness)、安全保障(security)、および低価格または豊富( cheapness or plenty)を意味するにすぎない」(『法学講義』岩波文庫版、261頁)。このうち前者二つは「街路からごみを除去する適当な方法と、犯罪防止のための諸規則にかんする限りでの司法〔正義〕justiceの実施、あるいは都市衛兵隊を維持する方法である」。

 

法学講義 (岩波文庫)

法学講義 (岩波文庫)

 

 しかし最大のポリスがあり、もっとも多数の規制がある諸都市に必ずしもつねに最大の安全保障があるわけではない。パリにはポリスについて非常にたくさんの規制があるのに対してロンドンには2つか3つの簡単な規制があるだけである。しかしパリでは毎晩殺人事件が起こるのに対して、ロンドンでは殺人事件の数はもっと少ない。この原因は何であるのか。スミスによれば、「犯罪が行われるのを防止するのは、ポリスであるよりも、他人に依存して生きる人々をできるだけ少なくすることである。依存ほど人類を腐敗させるものはないのに対して、独立は民衆の正直さをさらに増大させる」(同上、263頁)。

 

 ではどのようにすれば民衆の依存性を減らし、独立性を高めることができるのか。スミスの答えは「商業と製造業の確立」である。「一般民衆はこのやりかたによって、他のどんなやり方によるよりもいい賃金を取得するのであり、このことの結果として、マナーの一般的な誠実さが全国にわたって起こる。正直で勤勉なマナーによって立派なパンが稼げるときに、公道に身をさらすほど狂っている人はいないだろう」(同上、263頁)。多数の規制があるにもかかわらず、パリで犯罪が多いのはパリの一般民衆がロンドンの一般民衆に比べてはるかに依存的であるためである。

 

 『法学講義』ではここから価格体系や学芸技術、分業や交易性向、貨幣の役割などへと話題が及び、『国富論』で詳細に探求される経済学的議論が先取りされているのだが、(岩波文庫版の『法学講義』はグラスゴー大学で1763年になされた講義が元となっており、これはスミスの主著『道徳感情論』(1759年)と『国富論』(1776年)をつなぐ位置にあると考えられている。ちなみにスミスの『法学講義』にはこれと別に、1749~51年から63年の間になされた講義版のもの〔通称Aノート〕がある。)理論体系としては『国富論』に比べればまだ不十分な点が多く、ポリス(内政・生活行政)についての議論もこれ以上深められてはいない(とはいえ、『法学講義』には『国富論』や『道徳感情論』には見られない興味深い議論がいろいろと存在するのだが)。

 

アダム・スミス 法学講義 1762~1763

アダム・スミス 法学講義 1762~1763

 

 ただし、スミスが少し後で次のような議論を展開しているのは興味深い。すなわち、ある国民のあいだで「富裕の進行が遅い」あるいは「貧困窮乏の状態が長く続く」ことがあれば、その原因は①自然的障害と②国内統治(civil government)の抑圧の二つに求められるだろう。このうちの後者について、スミスは次のように述べている。

 

「社会の幼弱期には統治は弱体無力であるにちがいなく、その権威が諸個人の勤労を隣人たちの貪欲にたいして保護できるようになるまでには長くかかった。人々が自分がもっているすべてを強奪されるという危険をいつも感じているときには、彼らには勤勉になろうとする動機がない。そこには貯えの蓄積はほとんどありえないだろう。なぜなら最大多数であるはずの怠け者が勤勉な人々に依食し、彼らが生産するすべてを消費するだろうから。」(同上、355頁)

 

 つまり、「なぜなら最大多数であるはずの怠け者が勤勉な人々に依食」することがないようにし、「人々が自分がもっているすべてを強奪されるという危険」を取り除き、人々が「勤労になろうとする動機」を促進することが「国内統治」の役割であるというということになる。先のポリス論に従っていえば、都市の公衆衛生、犯罪の取り締まり、自由市場機能の確保、市場機能を妨げる諸規則の撤廃、などがその具体的内容となろう。またスミスは農業を例に出しながら、国内統治がなすべき具体的政策として、土地独占の禁止、農奴制の廃止、長子相続制の停止、穀物輸出入の自由化、農村人口の増加などを提案している。

 

 商工業についていえば、伝統的な商工業への軽蔑心、契約に関する法律の不完全さ、輸送の障害、旧来的な定期大市、指定物資集散地、輸出入品への課税、同業組合による独占や排他的特権などがその発展を妨げてきたとスミスはいう。これらの障害や規制・旧習を取り除き、商工業が自然に発展するままに任せてやれば、ひとりでに富裕は進行するはずだ、というのがスミスの考えである。こういったスミスの自由市場論は、多少の曲解を経ながら、現在の経済学や新自由主義者にまで引き継がれていると言えよう(自由貿易論、規制緩和論、民営化論など)。

 

 興味深いのは、商業の発展によって人々の誠実さと几帳面さ(probity and punctuality)というマナー(これをスミスは「商業国民の主要な徳」とも呼ぶ)を育てるとスミスが述べている点である。他方で商業の発展は、①分業によって人々のものの味方が制限される、②職業が単純な作業に還元されるために、子供たちの教育が放置される、③人類の勇気を沈滞させ、軍事的精神を消滅させる、などの弊害をもたらす面もあるという。この点にはスミスが共和主義的精神を引き継いでいることを証し立てるものであろう。(ここからスミスは常備軍か民兵かという議論に入るのだが、ここでは割愛。)

 

 ここまでスミスのポリス論および統治論について説明してきたが、これと同様のことをフーコーが1977-78年のコレージュ・ド・フランスの講義『安全・領土・人口』のなかで論じている。次にこれを見ていこう。

 

ミシェル・フーコー講義集成〈7〉安全・領土・人口 (コレージュ・ド・フランス講義1977-78)

ミシェル・フーコー講義集成〈7〉安全・領土・人口 (コレージュ・ド・フランス講義1977-78)

 

 フーコーによれば、「ポリス」という語は15-16世紀にはすでに頻繁に見られるが、当時この語は、①公的権威によって支配される共同体・団体の形式、②公的権威のもとで共同体を支配するさまざまな行為の総体、③良い統治の結果、といった意味があった。

 

 ところが17世紀以降、「ポリス」という語はそれまでとは相当異なった意味を持ち始めるようになる。それは「良い国家秩序を維持しつつ、国力を増強しうる諸手段の総体」という意味である。言い換えるとこれは「国内秩序と国内増強のあいだに動的な(とはいえ安定的で制御可能な)関係を打ち立てることを可能にする計算・技術」を指すようになる。また、ポリスは「国内に関する法や統制」の総体であり、それは「国力を堅固たらしめ増強することにたずさわり、国力の全容に務める」ものだとも説明されている。

 

 またこのような内政としてのポリスの発展は、17-18世紀に確立されたヨーロッパの勢力均衡論とも深い関係があった、とフーコーはいう。勢力均衡とは、それぞれに固有の発展にしたがって増大しようとする、〔ヨーロッパ諸国家の〕さまざまに異なる多様な力のあいだで均衡を図るというものであった。他方でポリスは、良い国家秩序を維持しつつ、国力を最大化するというのがその目的であった。そこでヨーロッパの勢力均衡と内政機能が相俟って働くことにより、各国の国力増強と国力均衡を両立させることが可能となった。

 

 ここで興味深いのは、勢力均衡とポリスの両立を可能とする道具立てが統計学にあったと論じていることである。「勢力均衡がヨーロッパにおいて実際に維持されるには、第一に各国が自らの国力を認識できる必要があり、第二に各国が自国以外の国家の国力を見積り、まさにヨーロッパの均衡に従い、またこれを維持することを可能にする比較を打ち立てる必要があります。(中略)このような要素はすべて、統計学という学…によって実際にもたらされたのであって、統計学はこのとき開かれ、基礎づけられ、発展するのです。では、どのようにすれはこの統計学を打ち立てることができるか?まさに、これは内政によって打ち立てられることができる。というのも、国力を発展させる術としての内政はそれ自体、各国家が自国の可能性・潜在性がどのようなものかを正確に評定するということを前提にしているからです。」(『安全・領土・人口』筑摩書房、391頁)

 

 このような内政としてのポリスが発展したのは、ドイツの内政学(ポリッツアイ・ヴィッセンシャフト Polizei Wissenschaft)、すなわち「国力の発展を確保スべき行政担当者の要請の場、また国力増強に用いるべき諸技術に関する考察の場」としての学問であった。ドイツでは良い統治として、司法・軍事・財政・内政(ポリス)の4つが定められ、その内政のうちでは、①子供や若者の教育、②貧民にたいする慈善事業、③商人たちの通商助成、④不動産にたずさわる領地事務などである。フーコーはここでテュルケ・ド・マエルヌが17世紀初頭に書いたテキストを参照しつつ、ポリスの改革長官の役割について興味深いことを述べている。

 

 テュルケ・ド・マイエル によれば、内政の改革長官は「市民の忠誠・謙譲」を見張らなければならない。つまりこの改革長官には「道徳的機能」があるとされる。そして長官はまた裕福さや倹約さをも、つまり人々が自分の富に対してどのように「自己操行」するか、どのように労働し消費するかをも引き受けなければならない。これはつまり「道徳性と労働の混合物」である。ここで内政(ポリス)の核心自体をなすのは、「諸個人の教育と職業(職業化)」である、と。

 

 ポリスの中心的な役割は「諸個人を教育するとともに職業化することによって市民に道徳性を植えつけること」にある。労働をつうじて「人間を真の臣民と」すること、「人間を、まさにひとつの活動をもち、またその活動がその人間の完徳を特徴づけるべき(したがってまた国家の完徳を可能にする)ものとして「自分の専心する何ものかへ」と向かう真の臣民とすること、これこそが、このとき以降「内政」と呼ばれるもののもつ根本的な、また最も特徴的な要素のひとつ」となった。

 

 ここに以前の記事で取り上げた、資本の本源的蓄積と宗教改革に伴う労働倫理の強化の過程を重ね合わせることは容易であろう。ポリスとしての内政が発達したのは17世紀から18世紀にかけてであったから、まさにこの二つの過程が進行した時期と重なる。言い換えれば資本主義の初期段階には、①資本の本源的蓄積(労働力商品の産出)、②労働倫理の強化とともに、③内政(ポリス)の発展という過程が進行していたということである。

 

 フーコーはこう述べている。伝統的な構想では、君主や国家の関心を惹いていたのは「人間たちが何であるか、その身分によって何であるか、さらにはその美徳によって、内属的な質によって何であるか」ということであった。しかし、内政国家の関心を惹くものは「人間たちが何をしているか、彼らの活動、彼らの職業」である。その人間が「何であるか」よりも「何をしているか」が問題となる。「つまり内政の目標とは、国力の発展における示唆的要素をなしうるものとして人間たちの活動を制御し引き受けるということなのです」(399頁)。

 

 人々を「職業」を通じて道徳づけるとともに、資本主義が必要とする「労働力商品」を準備すること、さらには資本主義運動が十全に機能するように都市の公衆衛生を高め、犯罪率を減らし、都市間の流通経路を確保すること。これらが、17世紀以降の「内政(生活行政)としてのポリス」に与えられた役割であった。それは資本主義の無限増殖運動を補助する国家が担うことになった新しい統治の役割であったと言えよう。