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草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

労働による「文明化」への道 -ヒュームの積極的労働観

 今回取り上げるのはヒュームの労働思想です。ヒュームは18世紀イギリスで活躍した思想家であり、アダム・スミスに並ぶスコットランド啓蒙の代表的思想家とされています。ここではヒューム研究の第一人者である坂本達哉さんの『ヒュームの文明社会』および『ヒューム 希望の懐疑主義』によりながら、ヒュームの労働観を概観していこうと思います。

 

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 デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)

 ヒュームの労働観の特徴は、労働を困難や障害を克服する内発的行為として積極的に位置づけることで、当時の支配的労働観を批判したことにあります。当時の重商主義者たちは、人間=怠惰観にたつ「低賃金の経済」論を展開し、生まれつき怠惰な貧民を強制的に労働へ従事させる必要性を提唱していましたが、ヒュームの積極的労働観はそれとは正反対に、自由な諸個人に自発的勤労を評価するものでした。労働を苦痛ではなく快として見るヒュームの労働観は、労働を重商主義者とは別の意味で(交換価値の源泉として)同じく苦痛と見るスミスやリカードの労働観とも異なる独自の性格を有していました。

 

 例えば、ヒュームは『道徳・政治論集』(1741-42)のなかで、人間にとっての社会的労働の必然性を次のように説いています。「野蛮な生物」はその多大な欲求、必要を自然によって補われているのに対し、人間は「よるべのない状態」から両親の世話のもとに少しずつ抜け出していく以外にない。そして、自然の抑圧からの人間の自立を可能にするものが生産活動であり労働である。人間は労働をつうじて生活資料を獲得しなければ、その生存を維持できないのであり、「自然の提供する素材はいまだ粗野で未完成であるが、絶えず活動的(active)で知的(intelligent)な勤労が、それを野蛮状態から洗練し、人間の使用と便益に適したものにする」。

 

ヒューム 道徳・政治・文学論集 [完訳版]

ヒューム 道徳・政治・文学論集 [完訳版]

 

 ここでは「活動的かつ知的な勤労」 によって自然の素材が人間の便益にかなう生産物へと作り変えられることが強調されていますが、自然の素材だけでなく人間もまたこの「活動的かつ知的な勤労」によって野蛮状態から文明状態へと洗練されるものとヒュームは考えていました。「自然は君〔人間〕にすべての必要を満たすための知性を与えた」と言うヒュームは、労働の知的側面を重視しており、「同じ勤労が、どうして、われわれの精神を修養や情念の抑制や理性の開花を、快適な仕事にしないことがあろうか」と述べています。ここで述べられているのは、日々の「誠実な労働(honest labour)」への精励をつうじての、人格陶冶の可能性です。

 

人間本性論 第2巻: 情念について

人間本性論 第2巻: 情念について

 

 『人間本性論』(1739-40)第二編では、人生の魅力的な目的の達成に不可欠な「労働と勤勉」を重荷として嫌う人間に向かってヒュームは、「この労働それ自体が君の熱望している幸福の主成分」なのだと述べています。ヒュームはここで、獲物を求めて朝から森に急ぐ猟師の例を出しながら、「彼らの真の目的は獲物の獲得ではない。猟師は獲物を追いかけながら、精神のあらゆる情念と肉体のあらゆる部分を働かせるのだ」と述べ、労働が精神と肉体の両方を鍛える営みであることを強調しています。また別の箇所では、「粗い角ばった原石を加工して貴金属にし、それを巧みに鋳造して護身用の武器屋あらゆる便利な道具を魔法のように作り出す」練達の「職工(artisan)」を例に挙げながら、彼の技巧がそれ自体「技術と勤勉」の産物であり、「彼はこの技能を自然から得たのではない。熟練こそが彼にそれを教えたのだ」と述べて、「技術と勤勉」が熟練の職人を産みだすことを好意的な論調で説明しています。

 

 こうしてヒュームは、労働における精神と身体の統一、それを基礎とする心身行使の喜び、労働による知性や技能の練磨、などを評価します。また論説「懐疑主義者」のなかでは、「享楽的生活(life of pleasure)」と「職業的生活(life of business)」とを対比して、前者を否定し後者を肯定する議論を展開しています。「最も長続きする楽しみには共通して、賭事や狩猟のように勤勉と集中は入り混じっている。そして一般的にいえば、仕事(business)と活動(action)こそが人生のあらゆる大きな空白を埋めてくれるのである」。

 

政治論集 (近代社会思想コレクション04)

政治論集 (近代社会思想コレクション04)

 

 ヒュームのこのような肯定的労働観は、『政治論集』(1752)における分業交換社会としての文明社会認識によって、よりいっそう掘り下げられ精密化されます。論説「技芸の洗練について(Of Refinement in the Art)」の中には有名な次の一節があります。「産業活動と諸技術の繁栄する時代には、人々は絶えず仕事に従事し、労働の果実としての喜びだけでなく、仕事それ自体(the occupation itself)をもその報酬として享受する。精神は新しい活力と能力を増大させる」。言うまでもなく「産業活動と諸技術の繁栄する時代」とは、富と生産力が高度な発展をみた近代文明社会を指しており、ここでは心身を駆使した労働の喜びが、歴史的に形成され規定された喜びとして捉え直されていることがわかります。近代文明社会において初めて「労働の果実」としての生産物や報酬のみを目的として働くのではなく、「仕事それ自体」に価値が見出されるようになったとヒュームは考えていたわけです。

 

 同じく、論説「商業について(Of commerce)」の中では「世の中のあらゆる物は労働によって買われる。そして、われわれの情念は労働の唯一の原因である」、論説「利子について(Of interest)」の中では「この飽くことを知らない(心身を)行使し活用すること(excercise and employment)への欲求」こそが「われわれの情念と職業の大部分の基礎」である、と述べられています。これらの記述においても、心身活動と力能発現の喜びが、文明社会の近代的職業人に固有のものであることが示唆されており、近代以前の社会においては物質的生存のためにのみなされていた労働が、近代文明社会において、生存維持のための労働という以上の価値を獲得したことが繰り返し語られています。

 

「文明社会において人々が各自の職業労働に熱中する実際の理由は、労働果実の享受ではなく、心身を有機的かつ活発に動かそうとする活動欲求であり、活動欲求満足の喜びにあるというのである。こうした議論を支えるのは、未開社会の粗野と貧困に対する、文明社会の洗練と富裕の解明という、『政治論集』におけるヒュームの問題関心である。」(坂本達哉『ヒューム 希望の懐疑主義』慶応義塾大学出版会、113-114頁)

 

ヒューム 希望の懐疑主義―ある社会科学の誕生

ヒューム 希望の懐疑主義―ある社会科学の誕生

 

 ヒュームが活躍した時代のイングランド・スコットランドでは、商工業の発達が進むとともに「富と徳」問題が盛んに議論されていたが、経済活動への熱中が人々の武勇の精神(martial spirit)を弱めるという当時の一般的通念にたいして、ヒュームは「技術(the arts)には精神や肉体を弱化する影響はない。それどころか技術と不可分の産業活動が、精神と肉体と両方に新しい力を増し加える」として経済活動を積極的に擁護しています。論説「奢侈について」の中では、勤労・知識・人間性の三つが「分かちがたい鎖」で結びつけられているとしながら、人間の産業活動一般がその知的洗練と道徳的向上に及ぼす決定的な効果をもつと主張しています。

 

「時代の精神(The spirit of the age)はすべての技芸に影響する。そして、人々の精神は、その無気力からひとたび覚醒され、躍動させられるやいなや、そのすべての側面において展開し、あらゆる技芸と科学に改善をもたらす。深い無知はまったく一掃され、人々は、活動するとともに思考し、身体の快楽とともに精神の快楽を養うという、理性的な被造物の特権を享受するのである。」(ヒューム「奢侈について」『政治論集』)

 

 産業活動の発展は、人間の肉体、知性、道徳性(人間性)を養うだけでなく、知識と学問の自律的発展をも促す。これが一般国民の知性の改善につながり、国民生活の質的向上と洗練をもたらすとともに、人々の公的生活をも豊かにするとヒュームはいう。「すなわち、技芸の洗練による産業活動の拡大・発展の必然的ともいえる歴史的帰結は、法の支配の観念が国民的な基礎に支えられながら成長し、それがまた、為政者に高度の統治技術を教えるということである。」(坂本達哉『ヒュームの文明社会』創文社、300頁)

 

ヒュームの文明社会―勤労・知識・自由

ヒュームの文明社会―勤労・知識・自由

 

「統治技術(arts of goverment)の知識は、国民を反乱に駆り立て、赦免への一切の希望を断ち切ることによって帰順を実行不能にするような苛烈さと厳密さを上回る人間的な格率の利益を人々に教えることにより、温和と穏健(miledness and moderation)とを自然に生み出す。人々の知識が改善されるのと同じく、彼らの気質が和らげられるとき、こうした人間性はよりいっそう顕著なものとして現われ、文明化された時代(a civilized age)を野蛮と無知の時代から区別する主要な特徴となるのである。」(ヒューム「奢侈について」『政治論集』)

 

 つまりヒュームの論法によれば、産業活動の成長→国民一般の知性向上→統治技術と法の支配の確立、という発展論理が成り立つ。商工業の発展とともに徳の精神が失われる問題をどう考えるかという「富と徳」問題に対して、ヒュームが出した答えは、このような順序をたどることで経済発展と文明化(人間性の洗練)が両立する道筋がありうる、というものでした。以上のような文明論とインダストリ論において、労働および勤労の価値も積極的に評価されるのであり、労働がその生産物や報酬ゆえではなくその営み自体に意義が与えられ、道徳や知性を育むための手段として捉え返されることとなりました。

 

 ここで注目すべきなのは、ヒュームの思想では神や自然法という要素が完全に姿を消したわけではないものの、ロックなどの思想に比べればずいぶんと後景に退き、その代わりに商工業の発展および文明化(civilization)という要素が前景化してきているということです。勤労(industry)の位置づけも、ロックの思想やプロテスタンティズムの中では「神への奉仕」「救済の確証を得るための手段」としての意味が強かったのに対し、ヒュームの思想では「産業活動の推進」「文明化への寄与」としての意味が強くなっていることが分かります。この背景には言うまでもなく、17世紀から18世紀にかけてのイングランド・スコットランドでの商工業発展、分業化の進行、人々の生活水準の向上などの事情があります。当時、「富と徳」問題が盛んに論じられていたのも、この経済発展ゆえです。

 

 産業革命の前夜とも呼べる時期において、急速な経済発展と産業成長のなかでどのように「労働」を意義づけるのか、しかもプロテスタンティズムの流行がいったん落ち着きを見せ、神への奉仕としての労働という観念が薄れつつあるなかでどのようにして「勤労」の価値を位置づけなおすのか、という課題にたいして見事に応えてみせたのがヒュームの思想であった、とまとめることができるでしょう。労働の位置づけにおいて「神」の契機が後退し、「経済」の契機が前景化してきたという点において、ヒュームの労働思想は、「近世」の終わりと「近代」の始まりを告げるものであったと言うこともできるかもしれません。次回は、近代経済思想の幕開けにふさわしいアダム・スミスの労働思想について取り上げたいと思います。