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草食系院生ブログ

「労働」について思想史や現代社会論などの観点からいろいろ考えています。日々本を読んで考えたことのメモ。

「他とは代替できないスペシャリティになれ」という圧力

 前回までの記事で、21世紀型グローバリゼーションが進むと先進国内の雇用が縮小・流出するだけでなく、商品・サービスのコモディティ化が進みやすくなると書きました。その結果として、先進国の労働者は世界中の新興国・途上国に住む労働者たちと潜在的に競争をしていることになり、賃金には強い下方圧力がかかることになります。先進国の働き手は、途上国に住む人々よりも恵まれた立場にいることは確かだけれども、ぼやぼやしていると途上国の働き手との競争に巻き込まれ、かなりキツい状況に追い込まれることになります。

  

 グローバル化とともに「コモディティ化」が進むのは、商品・サービスだけではありません。個々人の能力もたえざるコモディティ化圧力に晒されることになります。かつてならば、ひとつの技術・能力を身につければ(手に職をつければ)それで一生やっていけたかもしれません。しかし、社会の流動性が高くなり、産業の変動が激しくなるとそうはいかなくなります。長年の努力を重ねて職人的に磨いてきた技術や能力も、技術の進化によって新興国の安価な労働力に取って替わられる可能性が出てくる。実際にそのような事態は昨今の日本のあちこちで生じています。

 昨年話題になった自己啓発書に、京大の瀧本哲史先生が書かれた『僕は君たちに武器を配りたい』があります。「本書は、これから社会に旅立つ、あるいは旅だったばかりの若者が、非常で残酷な日本社会を生き抜くための、「ゲリラ戦」のすすめである。」と表紙に大きく書かれたデザインが印象的でしたが、本書はビジネス書大賞2012を受賞、著者がマッキンゼー出身のエンジェル投資家でもあることなども話題を集めました。

 

僕は君たちに武器を配りたい

僕は君たちに武器を配りたい

 

 この本のメッセージがまさにコモディティ化を避けよ!」なのです。

「“コモディティ化”の潮流が、世界中のあらゆる産業で 同時に進行している。その流れから逃れることは、現代社会に生きる限り、誰にもできない。これからの時代、すべての企業、個人にとって重要なのは、“コモディティにならないようにすること”なのだ。」

 これまで、私たちは人よりたくさん勉強したり、 スキルや資格を身につけるなどして、コモディティ化の流れに逆らってきた。しかしこれからの時代は、たとえ英語が堪能であったり、 医者や弁護士という資格を得たりしても、 コモディティ化は避けられないだろう、と瀧本さんは書いています。  唯一、コモディティ化しない方法は、 他とは代替できないスペシャリティになること。

 瀧本さんは稼ぐことができるタイプを次の6つに分類します。

1. 商品を遠くに運んで売る「トレーダー」

2. 専門性を高めて仕事をする「エキスパート」

3. 商品に付加価値をるけて売る「マーケター」

4. まったく新しい仕組みを作る「イノベーター」

5. みんなをマネージして利益を得る「リーダー」

6. 投資家として市場に参加する「インベスター」

 この中で、今後生き残っていくのが難しいのは、 「トレーダー」と「エキスパート」。  そして、残りの4つのタイプの中でも、瀧本さん実践してきた 投資家的な生き方「インベスター」が最も推奨しつつ、各人が自分の適性を見極めながら、これらのタイプを組み合わせていく生き方・働き方を提案されています。

 

 コモディティ化を避けてスペシャリティになれ!」というメッセージじたいは自己啓発書のなかではさほど目新しいものではありません。しかしこの本が注目を集めたということは、そのような要請を現在多くの人が感じていることをよく示しています。

 確かにこの本で提示されている現状分析や処方箋は合理的で説得力があるものです。しかし、それでは実際に多くの若者がその処方箋を実践していけるかというと、正直にいって疑問が残ります。多少の努力をしたところで誰もがインベスターやイノベーターやリーダーやエキスパーターになれるわけでははない。実際にはそのような(経済的に)優れた能力を身につけ、「他とは代替できないスペシャリティ」になれるのは限られた一部の人びとにすぎません。それは個々人の努力量の問題ではない。なぜなら現代の経済構造がそのようにできているからです。確かにそのような可能性は形式的には誰もに開かれてはいる。しかしその形式的な機会の平等がもたらす結果は決して平等ではない。このことについて次の記事で詳しく書いてみたいと思います。

 

(参考記事)

『僕は君たちに武器を配りたい』の瀧本哲史さんに聞く(前編)、 「組織なんてあてにならない、自分の頭で考えて生き抜け」